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騎手 - Wikipedia

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騎手
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
騎手(きしゅ)とは、馬を操縦する人のことである。
目次
1 解説
2 日本での免許制
2.1 短期騎手免許
2.2 ダブル免許制と安藤勝己騎手
2.3 調騎分離
3 騎手の養成
3.1 養成機関
4 騎手の所属
4.1 フリー騎手
5 騎手の収入
6 騎乗依頼
7 騎手に対する制裁
8 騎手の引退・殉職
9 騎手をサポートする仕事
9.1 バレット
9.2 エージェント
10 脚注
11 関連項目
12 外部リンク
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解説

競馬の場合では、平地競走障害競走では馬の背に騎乗するが、ばんえい競走繋駕速歩競走ではそりや馬車の上に乗り操縦する。また騎手は自分の体重を含めて指定された斤量で騎乗することが求められる。
また落馬した場合には、落馬した地点に戻って再騎乗をしなければ、決勝線に到達しても正規の到達とはみなされない。そのため再騎乗をあきらめて競走中止となる場合が多い。
なお英語で騎手を表すジョッキー(jockey)は、ジャックやジョンの蔑称であるジョックに由来する。ジョックは後にジョッキーと訛り、単に競馬好きや馬好きを表すようになった。かつてイギリスの競馬施行体であったジョッキークラブも元々は競馬愛好家の集まりである。現在のような意味になったのは、騎手や調教師、馬主が分業されるようになった19世紀以降のことで、古い英語が残るオセアニア諸国等ではライダーと呼ばれることが多い。繋駕速歩競走ではドライバーと呼ぶ。
日本では競馬法第23条により、農林水産大臣の認可受け日本中央競馬会地方競馬全国協会が騎手試験の施行および免許を交付している。

日本での免許制

日本では騎手になるためには騎手免許が必要で、中央競馬地方競馬と別々の免許である。
中央競馬では日本中央競馬会が、地方競馬では地方競馬全国協会がそれぞれ発行しており、有効期限は1年間で、続けて騎乗する場合には1年毎に更新のために試験を受ける必要がある。なお調教師免許等と同時に取得することはできない。
また障害競走が行われる中央競馬では平地競走と障害競走とで別の免許となっている。地方競馬も平地競走とばんえい競走で別の免許となっている。
免許更新は中央が3月1日、地方は4月1日付け。
中央競馬の騎手免許では、2009年までは競馬学校出身者、地方競馬全国協会の騎手免許を受けている者であって『本会の定めた基準』に該当する者、それ以外で分けられていたが、2010年以降は競馬学校出身者、地方競馬全国協会の騎手免許を受けている者、それ以外の3種類に分けられることになった[1]

短期騎手免許

指定競走、交流競走、特別指定交流競走で騎手免許がない競走に騎乗する場合には、試験なく「その競走に限定した騎手免許」が交付される。外国の競馬で騎乗している騎手に対しては、日本の調教師・馬主を引受人として臨時に行われる試験に合格した上で、1ヶ月単位の短期免許を1年の間に3ヶ月間まで交付する。詳しくは短期免許の項目に譲る。

ダブル免許制と安藤勝己騎手

2003年 2月までは中央競馬・地方競馬の両方の免許を持つ騎手は存在しなかったが、2003年 2月当時、笠松競馬所属であった安藤勝己騎手が中央競馬の免許試験に合格し、同時に地方競馬の騎手免許の取消願を提出した。
この時、地方競馬全国協会はダブル免許を容認し、中央競馬の免許の取得による免許の取消には応じなかったため、2003年 3月1日から安藤勝己騎手は中央競馬と地方競馬の両方の免許を所有することとなった。この時点で日本中央競馬会は、地方競馬の免許で騎乗した場合には中央競馬の免許を取り消すとしていた。
更に、安藤勝己騎手が地方競馬の交流競走に騎乗した時には、地方競馬全国協会はすでに免許があるとして、短期免許は交付しなかった。したがって日本中央競馬会は特例として認めざるを得ない状況になり、特例を適用した。
2003年 6月16日に地方競馬全国協会は安藤勝己騎手の地方競馬での騎手免許を取り消した。

調騎分離

現在、中央競馬及び地方競馬では騎手免許と調教師免許を同時に持つことはできない。つまり、調教師が自分の管理する競走馬に乗ってレースに出走することはできないわけである。
これは当然のことと思われがちであるが、1930年代以前は「調教師兼騎手」は珍しい存在ではなかった。大久保房松などは、管理馬に騎乗して日本ダービー制覇を達成している(1933年、カブトヤマ)。
調教師と騎手の業務が分離されるようになったのは、1937年日本競馬会競馬施行規定が規定されてからである。但しこの規定は、日本競馬会発足以前に免許を受けていた調教師(騎手)に対しては、1942年 12月31日までは猶予期間とされたため、引き続き調教師が騎手としても騎乗する事ができた。
なお、戦後の一時期も調教師が騎手を兼務する事が可能であったが、1948年より調騎分離が厳格に適用される事になり、現在に至っている。

騎手の養成

平地競走の騎手は着衣や馬具を含めて50数キロ(日本の場合、最も軽いケースで48キロ)での騎乗が求められることから、体重に関しては人一倍神経を必要とし、なおかつ馬に騎乗し、その操縦を行うという高度な技術が必要である。従って、一般の素人を騎手にすることは至極困難なことであり、よって養成が必要なスポーツである。

出典:Wikipedia

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